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史料を集めたというある本を読んだ。
途中まではよかった。が、事が戊辰あたりに来た頃から、怪しいこと甚だしくなってきた。何かというと、「~も~のだろう」が多すぎるのだ。当時の世相とか環境とか、まあいい。が、「当時は~が多かったらしい。だから恐らく彼も~のだろう」が本全体から見ても半分くらいになるほどの分量で延々と繰り返されては、辟易せざるを得ない。冒頭は確かに史料の整理という性格が強かったのが、このあたりは殆どが想像と願望と憶測だけで構成されているのだ。しかもその分量、前の史料にあたるパートの二倍くらいはある。
それでも頑張ってなんとか最後まで読んだ。
そして気付いたことが一つと、私もこれまた妙に飛躍した妄想を広げたのが一つ。
まず最初の一つ。ちょっと、こんなこと言っていいのかどうか分からんが、正直に感じたことを書いておこうと思うのでとりあえず。別に個人を批判するとかどうとかの意図は全くないのであしからず。
現存する沖田に関する一種異様なほど誇張された情報の多くは、どうやらその血筋(と言っても勿論直系ではないが)だという本家の方から来ているようだ。主にそのお孫さんだが、私はお孫さん、と聞いていたのでせめてお姉さん本人からの話くらいは色々聞いているかも知れない、くらいの期待はしていた。ところがよくよく見てみると、まだはいはいも出来ないくらいの幼児の頃に、お姉さんとはお別れになっている。甥っ子さんも既に死去しているし、もしかしたら話を聞いていたかも知れないもう一人のお孫さんもかなりの夭折。要するにこの方、伝聞すらまともに聞いているはずがないのだ。少なくとも一家の中で直接面識のあった人は、この方に伝聞の伝聞すらまともに伝えられる状態ではなかったはずである。となると、殆どは又聞きの又聞きのさらに又聞き、その上贔屓目が大いに働いたであろう予測推測想像願望、大いに入り濫りてこれは信憑性のない話が出来あがるはずである。
かなり拍子抜けした。まあ、他にも案外まともな史料は少ないながらも残っているので、それだけでも十分魅力的な話であるが、こういう誇張によって逆にその本来の姿が霞んでしまいそのために嫌ってしまう人も多く出ているという現状がなんとなくちょっともどかしい。
で、妄想の方だが、それは墓のことである。
最初墓の話を聞いた時、どういう関係か全く分からんが他の人の名前が二人分一緒に刻まれている、と聞いて不思議に思ったのだった。ところがこの墓が本来のものではなく前述のお孫さんが立て直したものであると聞いた時、ううん?と思った。もしかしたらもしかするかも、と。まあ、何の根拠もないただの妄想なので聞き流してくださいな、ただ私が忘れたくないので書いておこうと思っただけだから。
つまり、墓を動かそうとした時、既に長い歳月が経過しているので、隣り合わせにあった墓の中身(…)と、見分けがつかなくなったのではないか。そのため、一緒くたにしてしまったのではないか…と、ちょっと思ってみたのだ。最も、これは墓を新たにする前のものがどのようであったかがそもそも分からないために、単なる妄想で終わるしかない話であるが、ないとも言えないのではないだろうか。ちなみにこの本には載っていなかったけれど、どこかでその一緒に載ってる名前の人と同じ苗字の人が最初の墓を立ててくれた、という話もあるらしいので、元々そこに紛れ込ませていたのかも知れない。ともかく、同じ墓になっているのはもしかしたらそういう理由があるのかも知れない…云々。妄想甚だしいところ。実物見てないし伝聞の伝聞のさらにその伝聞から浮かんだ妄想なので、実際のところ可能性は限りなく0パーセントに近いのだが、まあ、どうせ、歴史なんて永遠に解けない謎だよ。ふっ。

追記。
ついでに死亡時の年齢について。
これは、二説あると言うが、私に言わせれば、普通に数え年と満年齢の差で考えれば辻褄が合うんじゃないのか?特に前述のような理由で私個人が特にその本家の文書と言うものをかなり怪しんでいるからってのもあるけれど、若い方の説はそっちの「没年齢」から逆算して生まれ年をはじき出しているとか言うし、だったら、もしこの書類が作られた時に満年齢を用いて書いたとしたら、別に誤差も何もないような気がする。
ちなみにこの国で満年齢を使い出したのは明治年間であるそうだから、案外そうありえないでもない気がするな。まあ、これもまた、原文を見たことがないんでどうにもならん話だが。

更にどうでもいい付け足しだけど、小説を色々読んでると、旧暦と新暦の差を全く分かってない作家が多くてこれも意外と見ていてちょっと不愉快だ。当時の書類や、実質上残っている史料の殆どは、旧暦を基準として書かれているのに、その数字だけを見て普通に新暦の暦で考えている。馬鹿だなあ、2月が真冬のはずがあるか。5月が初夏(または晩春)のはずがあるか。しかもその年確か3月か4月が二回あったはずだから、5月下旬ともなると夏も真っ盛りだぞ。それくらいは考えろってんだ、そういう小説を書きたいなら。別に勉強が要るわけでも事前調査が要るわけでもないのに、そんなことにすら考えが及ばんのか。そんな乏しい想像力でよくもまあ。

2009.07.04 06:29 | Comments(0) | Trackback(0) | 未選択

寝こけていたのだが、鳴り響く雷鳴に目が覚めた。うん?今日は曇り&晴れだと言っていたのだが…ついには当日の予報すら外れるのか?まあ、こういう外れ方はありがたいけど。雨と言って晴れるよりはマシだな。あ、そういえば、にわか雨の可能性ありだったっけ。…にわか雨って、こんな激しいもんだったっけ。既に一時間以上は降り続けてるんだけど。
一本一本の太さが数センチはありそうな豪雨だった。まあ、確かに時間的にはそう長くはなかったけれど、少なくとも予報で言っていたような「弱雨」とかのレベルではなかった気がする。定義が分からんのでなんとも言えないが。

おかげで一番気温が上がる昼時なのに現在気温23度前後。ありがたやありがたや。またすぐ上がるだろうけれど。
そしてまた一日ずつずれている週間予報…朝見た時は火曜日からまた雨、だったのに、今は水曜日からまた雨、に変わっている。そして「不安定な天気」と言っていた週末は晴れに変わっている。よくもまあ、コロコロと。

2009.07.03 15:00 | Comments(0) | Trackback(0) | 未選択

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